top of page

「見積もりが出て、ようやく設計が始まる」― 理想論で終わらせないための、戦略的な概算見積について ―

概算見積もりの依頼を出した。

いわゆる「概算」と言いながら、かなり踏み込んだ図面を描いたし、

このまま設計契約に進んでもおかしくないレベルの内容だったと思う。



ただし、それは予算内に収めるための見積ではない。


むしろ逆で、あえて予算のことは一度脇に置き、クライアントが「本当にやりたいこと」、そして設計者である自分が「確認しておきたいこと」を、すべて正直に入れた見積だった。


使いたいと言っていたものは、安易に削らず、あえて高いものも全部入れた。

その結果として

「高いね」

「これはやめようか」

「ここは別の方法があるかもしれない」と、判断ができる状態をつくることが目的だった。



とりあえずデザインは後回しにして、建築規模、建材グレード、要望を全て組み込む。

これらを優先事項とした概算用設計図面図書である。


金額が分からないまま理想論を語り合う打ち合わせは、正直に言って進展がない。

「これもいいよね」

「あれもいいよね」

「このデザイン素敵だよね」


そうやって話を重ねた最後に、


「で、いくらかかるんですか?」


と聞かれたとき、誰も答えられない。

(実際の入り値は、設計者もわからないのだ)


その状態が続く打ち合わせは、時間としても、気持ちとしても、消耗が大きい。


だから今回の概算見積は、**“夢を描くための資料”ではなく、

“現実を共有するための材料”**として位置づけていた。




僕が一番避けたかったのは、次のような流れだ。


丁寧に設計契約を結び、時間をかけて理想のプランを描き、図面が整い、気分も高まり、設計料も支払っていて、その段階で初めて見積が出てきて、想定していた金額を大幅に上回ることを知る。


誰も悪くない。


でも、誰にとっても不幸な瞬間だと思っている。


クライアントは「こんなに払えない」と感じ、

設計者は「ここまでやったのに」と思い、

施工者は「正直に積算しただけなのに」と板挟みになる。


その未来を避けるために、設計の前に、現実検証としての見積を挟む


今回の進め方は、そのためのものだった。


結果として出てきた金額は、当たり前だが要望満載の為、予算オーバーだ。

しかし、自分の中で想定していたレンジから大きく外れてはいなかった。


それも含めて、この見積は自分にとって、とても良い見積だったと思っている。

理想と現実が、ちゃんと同じ場所に置かれた。ようやく、設計が始まるスタートラインに立てた感覚がある。


誰にとって正解か、という話ではない。

でも少なくとも、理想論で終わらせないための進め方として、このやり方は、今の自分にとって正解だった。


さて、この仕事手法、、、経営的にダメな方法でしょうね。


でも、『増幅する不安の芽を早めに刈り取る最適な方法』だと、今回は考えてる。


建築家の仕事は、実現へのプロセスもデザインしないといけない。

コメント


bottom of page